2006年11月01日     このエントリーをはてなにブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

「自虐モード」を考える


こんにちは。水口です。

今日は昨日の「批判モード」 に続いて、「自虐モード」 の話です。

自虐・・・なんか痛々しいイメージがありますね。

しかし、私たちは誰でもこのモードに入ってしまうことがあります。
ぜひ、一緒に考えてみてください。


  (昨日も書きましたが・・・ )

  こういったモードは「仕事に対する感情」 にも大きく影響していることです。
  ですから、時間管理やモチベーションにも間接的に影響があります。


■ 四つのモードと「自虐モード」

前に紹介した、「THE21」 11月号の笹氣健治さん(心理カウンセラー)の記事で
書かれていた、「四つのモード」 という考え方では、

  自分に対しての 肯定的な見方 / 否定的な見方 
  他者に対しての 肯定的な見方 / 否定的な見方 

の組み合わせで、モードが4つ定義されています。


この中で「自虐モード」 というのは、

  自分に対して 否定的 
  他者に対して 肯定的

というものです。


 (注: くり返しですが・・・)
     ここでは、こういう「モード」 は誰にでもあることを前提に考えています。
     その「モード」 に入っている人を責めたいわけではありません。

     私自身も、こういう「モード」 を感じることがありますし、
     ここで分析していることの大半は、自分が感じたことのある感情です。

     ですから、「自分はこうではない」 と構えて考えるよりも、
     「自分にもそういう部分があるかも」 と読んでもらえるとうれしいです。


■ 「自虐モードの自分」 の得意技

さて、この「自虐モード」 に入っている自分の「得意技」 として思いつくのは、

 ・自分の能力に自信がない。不安になる
 ・やってみたいけど、自分には無理だと思う
 ・問題が起こったらすべて自分のせいにする
 ・人のやっていること、人の立場をうらやむ

といったところです。


キーワードは 「自分なんか・・・」 「(自分には)無理です」
「(人に対して) すごい (を強調する)」 などでしょうか。

(もちろん、他にもいろいろあると思います。)


■ このモードがやめられない理由?

この「自虐モード」 の特徴は、他者のことを尊敬する一方で、
自分では行動を起こさないことにあります。

「自虐」 といっても、自分を責めるだけとは限りません。
他者へ注目することで、自分のことを考えないようにしている場合の方が
多いように思えます。

例えば、ある小説家にあこがれて、自分も小説家になろうと思っているのに、
まだ一行も書いたことがない。そして、思い出したときに自分を責める。
という状態も、このモードだと思います。


「あこがれ」 は持っている(それを心の糧にしているところもある)。
しかし、行動を起こすことに何らかの怖さがある。そんな感じです。

しかし、「あこがれて」 いる間は、現実から目をそらすことができます。
それが快適なので、このモードから抜けられないのかもしれません。


■ このモードの問題点

このモードの特徴は、他者のことを尊敬する一方で、
自分では行動を起こさないことにあります。

しかし、このモードのときに、「自分はダメだぁ」 と思ってしまうのは、
理想があることの裏返しです。

自分で意識するしないにかかわらず、目標としたい人や、あこがれている人、
こうなりたいと思う姿があるわけです。

これ自体は、とても良いことだと思います。
それが行動につながらないというところが問題なんですね。


  行動を起こさなくて、行動しなかった自分を後で責める。
  そして自分に自信がないからまた行動しない・・・。

というくり返しは、自給自足のループですから、下手をすると無限ループに
なってしまう可能性があり、そこが特に怖いと思います。


■ このモードから抜けるには?

このモードから抜けるためには、「自分に自信を持てばいい」 という
アドバイスは、あまり効果が無いように思います。

そう言われても、人は急に自信が持てるものではありませんし、
「自信を持て」 と自分に言い聞かせるのは、危険かもしれません。

「自信を持て」 というメッセージは、「自信の無い自分」 を批判している
ことになりますから、「自虐モード」 を強める可能性もあるわけです。


私は(自分の経験を踏まえて言うと)、このモードに入った場合には、
「行動する」 ことでしか戻せないように思います。

その行動はいろいろあると思います。

例えば、小説家になりたい人であれば、何でもいいから
書き始めてみるのもいいでしょう。

今の自分と、目標とのギャップに対して、その行動は小さすぎるように
見えるかもしれませんが、一歩踏み出すのと、ゼロと間には、それよりも
もっと大きな差があるのです。

  その一歩は目標に対して、何百万分の一、何千万分の一 かもしれません。

  しかし、行動することと、行動しないことには、それより大きな差があります。
  (1歩をゼロで割ると、無限大ですよね。)

  ※ (2007/2/1 追記)
    この「ゼロで割る」という書き方は、数学的には正しくないという
    コメントを頂きました(ありがとうございます!)。
    確かにその通りでして、正しくは「1歩を割る数をゼロに近づけていくと、
    答は無限大に近づいていく」というべきです。
    元の文を書き換えると、分かりにくい方もいると思いますので、
    注記しておきます。


ちょっと自己啓発的なことを言ってしまいました。
こういうのは、なぜか少し照れが入ります・・・(笑


偉そうなことを言ってしまいましたが・・・、
実は、私自身が一番活用しているのは、別の「行動」 です。

それは・・・  家事です (笑)

自分が「自虐モード」 に入っていることを感じたら・・・、

部屋や台所の片付けや掃除、食事を作る、洗濯する、といった、
具体的な作業をどんどんやっていくと、確実に気分が変わります。
(普段より一所懸命やると、さらに効果的です。)

日常的なことに没頭する時間には、ある意味、自分をリセットするような
効果がある。 そんなふうに感じています。

(他にもおすすめの方法があれば、ぜひ教えてください。)



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今日の記事作成時間は、ここまで48分でした!



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Posted by 水口和彦 at 12:49│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント
趣旨に賛同。ただ、

>(1歩をゼロで割ると、無限大ですよね。)

・「1÷0=A」は「1=0×A」と同じですから、こんな「A」は存在しません。なので、「無限大」ではなく、計算「不能」です。
何もしないよりも、まず行動を起こそう、という趣旨はよく分かりますが、ちょっと例えが違いますよね(笑)。
Posted by 数学者 at 2007年01月31日 14:12
数学者さん、こんにちは。

さすが数学者さんですね。ご指摘ありがとうございます。
ゼロで割ること自体が禁止ですよね。

(数学が苦手な方のために補足しますと)
0での割り算を認めてしまうと・・・、

A×0=B×0 (これは正しい)
この両辺を0で割ると
A=B (これは正しくない)
という計算ができてしまうので、
おかしなことになってしまいます。


文中の表記を正しく言うと、
1歩を割る数をどんどん小さくして、0に近づけていくと、
その答は無限大に近づいていく。

ということですね。
これを文章で表せるといいのですが・・・。

数学の「極限」を文章でうまく表す方法を
ご存知の方がいたら、
ぜひ教えてください・・・。

Posted by 水口和彦 at 2007年02月01日 12:50
 

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