問題は・・・空気を読んだ「後」の行動
こんにちは。水口です。
先月、「KY」関係で、いくつか書いてみましたが、
(↓ これ)
KYは「自分の頭で考えること」の拒否?
ブログにも「空気」がある?
茂木健一郎さんのブログに、こんな記述があり、
「なるほど」と思ったので紹介します。
(『』内は引用です)
『 KYというのが流行語になって
いるらしい。
「空気を読む」能力自体は、
洋の東西を問わず、誰でも
持つ脳機能である。
事実において、「空気」がどうで
あるかを認識することはできないと
人間の社会的認知が成立しない。
問題は、その後、その「空気」
に従うのか、それとも例えば
自分のやり方を貫くのか
という点にある。
「KY(空気を読む)」をした上で、
自分の感覚やプリンシプルを
追うということもできるはずである。 』
(元記事は↓こちら)
茂木健一郎 クオリア日記: みんなが「無理・・・」と思っていることを
私は「日本人は空気読みすぎじゃないの?」という意見を
持っていたのですが、それは「空気を読むかどうか」ではなく、
「読んだあとの行動」の違いである。
というのが、ここで茂木さんが書かれていることです。
なるほど、そう言われればそう思えます。
日本人の民族性として言われることがある、集団主義
(いわゆる「村社会」的なもの)が、空気を読んだあとの
行動(空気に順応する傾向)を作っているのかもしれません。
また、
『 「KY(空気を読む)」をした上で、
自分の感覚やプリンシプルを
追うということもできるはずである。 』
とありますが、これは確かにそうだと思います。
「プリンシプル(principle)」は、原理、原則という訳語がありますが、
あえて英語を使っているのは、この訳語ではニュアンスが伝えきれない
からでしょうか。
「プリンシプル」というカタカナ表記で検索してみると、
この本↓ が出てきました。
面白そうなので、衝動買いです(笑)

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)
逆にいえば、「KY」圧力が高い組織のなかにいると、
自分の感覚やプリンシプルを追うのが、しんどい場合も
あると思います。私も過去にそう感じたことがあります。
それが、たとえばエンジニアの仕事であれば、ロジカルに
説明すれば、分かってもらえることも多いです。
しかし、そうでない領域では、しんどいことや、納得できない
こともあります。
そんななかでも、戦う、というか、きちんと
議論をすることができる人でありたいものです。
・・・と、私は以前は意識していました。
(自分の「軸」を持つ、という意識でした)
私の場合、結局は、そんな「空気」にあまり左右されない環境に
自分の身を置く選択肢(独立)を取ることになりました。
(それが直接の理由ではないのですが、結果的にそうなりました)
ですから、今はそれほど意識していません。
(そういう意味で独立という選択肢はおすすめかも・・・)
しかし、これをお読みの方の中には、今まさにそういう「KY」圧力と
戦っている人もいるかもしれませんね。
私の個人的な経験としては、そういうときには思い切って戦ったほうが、
あとで変なことで悩まなくて済む、と感じています。
私は、そういう人を応援したいと思います。
今日の記事作成時間は46分でした。
(時間の割に文章少ないなあ・・・(汗) )
では、また明日!
Posted by 水口和彦 at 23:55│Comments(0)│TrackBack(0)
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