日本の「安心」はなぜ消えたのか:社会心理学から見た現代日本の問題点
こんにちは。水口です。
今日は本の話です。
■ 日本の「安心」はなぜ消えたのか?
今年の2月に出た本ですが、私は最近書店で目にして購入しました。↓

日本の「安心」はなぜ、消えたのか
―社会心理学から見た現代日本の問題点
サブタイトルに
『社会心理学から見た現代日本の問題点』
とあり、ずいぶん大上段に構えているな・・・と思うのですが、読んでみると、
基本的にシンプルな論点で貫かれていますし、確かに現在の日本の問題点を
うまく射貫いていると思える内容になっています。
「自分には関係ない」と思う方もいるかもしれませんが、「組織の中で働く」と
いう観点からも、役に立つ考え方を提供してくれる本なので、機会があれば
ぜひご一読をおすすめします。
思ったよりも面白い内容で、私はついつい、一気読みしてしまいました。
ただ、個人的には・・・中盤が冗長に思えました。
262ページと厚い本なのであることを考えると・・・、中盤で挫折してしまう人も
いるかもしれないのですが、この本は終盤が特に面白いです。もし挫折しそう
なら、中盤を飛ばしてでも、終盤(特に9章10章)は読んでみてください。
さて、この本の内容ですが・・・、
現在、日本人としての「倫理」を見直そうという論調があります。
ちょっと古いですが「品格」論もそうですし、いろいろな偽装などの
問題について「企業倫理」の問題としてとらえる論調も多いです。
※ これは個人的な意見ですが・・・いろいろな「偽装」の問題が出てくることが
必ずしも「悪い」ことではないと私は考えています。特に、「昔は良かった」
的な論調は嘘くさいと思っています。(この点でこの著者と同意見です)。
なぜかと言えば・・・、昔には「偽装」が無かったとも思えませんし、公害など
の問題もありました。食の安全という意味でも、昔の方が食品添加物を
節操なく使っていた面もあります。昔の企業が倫理的だったというよりも、
今はそれが明るみに出やすくなっただけかもしれないのです。また、そういう
意味では昔より進歩したという見方もできます。
たとえば、「会社に対する忠誠心」は昔の方が強かったと思いますが、その
「忠誠心」のため、いったん「会社ぐるみ」になってしまうと、社会的には
許されないことにも手を染めてしまうという面もあったはずです。
話を本に戻して・・・著者はこう言います。
(『』内は引用です)
『 倫理的な行動、あるいは利他的な行動は、それを支える社会的なしくみが
なくなってしまえば、維持することは困難です。たとえ人に親切にしても、それが
自分の利益につながらないのであれば、誰も利他的に行動しなくなってしまう
というわけです。』
『 「モラルに従った行動をすれば、結局は自分の利益になるのだよ」という
利益の相互性を強調する商人道こそが、人間の利他性を支える社会のしくみ
を作ることができると私は考えています。』 (4〜5ページより引用)
※ 個人的には、この点に関して著者の主張は言い過ぎだと思っています。
人間には、「社会的なしくみ」以外の部分で、高度な他者への共感能力
(「ミラーニューロン」とも呼ばれます)があると言われていますし、人間は
「利他的」に行動するように遺伝子のレベルで刻み込まれているという説
もあるからです。
・・・もちろん、本書全体を否定したいわけではありません。
また、著者は、
・現在、日本社会のモラルが低下しているという論調
・「心の荒廃」にその原因を求める主張
・「心の教育」を重視すべきという論調
このすべてに「No」を突きつけています。
それ以外にも、一見「常識」と言われていることに疑問を投げかけています。
■ 日本人は個人主義的?
たとえば、著者は、「集団主義的」と言われる日本人は、実は
「個人主義的」だと主張しています。
これはとても斬新な主張ですが・・・、その結論は結構納得のいくものです。
日本人は「内」に対しては集団主義的であり、「外」に対しては個人主義的だ
というものです。その典型例が「旅の恥はかき捨て」現象です。
こう種明かししてしまうと・・・これは従来から言われていることですし、決して
斬新な話ではありません(それなのにこれに紙面をさいていることが、この本
の冗長さにつながっています)。
しかし、著者の本当の主張はここからです。
詳しくは本書を読んで頂きたいのですが、著者の主張は・・・、
今の日本は「安心社会(集団主義的・閉鎖的な社会)」から、
「信頼社会(個人主義的・開放的・外向的社会)に、切り替わる
ことが求められているし、社会的な制度としての切り替わりはもう
進んでいる(「グローバル化」がその例)。
しかし、「日本人」としては、「信頼社会」の倫理への切り替えが
できていない。
というところに問題があるという主張です。
さらに・・・
「倫理」はもちろん大事なのだが、今必要とされているのは「武士道」に
代表されるような(滅私奉公的な)「安心社会の倫理」ではなく、
(フェアな取引をする人という意味での)「商人」の「信頼社会の倫理」
である。
ということを言っています。
ちなみに、「武士道」的な倫理は、「主君」に対する忠誠を誓うことであり、
その倫理によれば「会社のためなら平気で嘘をつく」ことも起こり得ると
いうことを著者は指摘しています。
さらに、私にとって新鮮だったのが、「安心社会の倫理」=統治の倫理と、
「信頼社会の倫理」=市場の倫理は、どちらが正しいというものではなく、
それぞれの社会のなかで、それぞれが正しいものであるということ。そして、
それを並立させようとすることが、倫理的には最悪な状況をもたらすと
いう主張です。この主張にはうならされます。
そして、現在の日本で起きているのが、まさにこの異なる社会をベースに
した倫理観が並立していることによる混乱だと、著者は言います。
まあ・・・興味を持った方は、本書を読んでみてください。
前半はいまひとつ納得できないところがあると思いますが、後半を読み切る
と、著者の言いたいことの中に、結構腑に落ちる部分もあると思いますよ。
今の日本に必要なのは、「滅私奉公」的な価値観ではなく、
もちろん、自己中心的という意味での「個人主義」でもない。
フェアな取引をすることが、長期的には自分の利益につながると
いう、いい意味での「商人」的な倫理観が必要とされている。
という著者の主張に、私は納得するところがあります。
著者は今後の日本に悲観的なことも言っていますが、私自身は
それほど悲観的に見ていません。「フェアな取引によってお互い
繁栄しよう」という、いい意味での「商人」的な倫理観を持った人は
少しずつですが、確実に増えているように思えるからです。
これが私の希望的観測でないことを望みますが・・・。
今日の記事作成時間は65分でした。
では、また明日!
Posted by 水口和彦 at 22:56│Comments(0)│TrackBack(0)
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